こんにちは、YAMAORI管理人です。
東北漫遊から帰って来て一ヶ月、ろくに山へ行けない日が続き、悶々とした日々を過ごしていました。
どこへ行こうかと思案していると、ふと星生山の朝駆けが頭に浮かびました。
以前、梅雨時期に一度星生山の朝駆けを行なった事はあったのですが、その時は思いもよらぬ大雨に見舞われ、終始ガスに巻かれて朝日どころか眺望の一つも見る事がかなわなかったのです。
いつかは綺麗な朝日を星生山の山頂で見たいと心の奥底に思っていたので、ふと過った私の計画は妥当だったのです。
牧ノ戸から登山開始
凍結した道路を慎重に運転して牧ノ戸の駐車場へ。
この時期は山の中よりも道路が危ない。運転核心だ。と、雪に白んだ凍っているのか凍っていないのかも分からない道を恐ろしく思い運転しながら、まあ,,,,,,難なく到着。
寒さに指を悴ませながら身支度を整えて暗い内から登山道を進む。
沓掛を越え、平坦な道を足元をヘッドライトで照らしながら坦々と進む。
星生山の山頂へ続く尾根道に入って、えっちらおっちらと高度を上げる。
気がつけば空が少しずつ明るくなってきている。
淡い冬の朝日に仄かに照らされ始めた濃紺の夜空に雲が輪郭を持ち始める。
ああ、今日は雲が多いな。今日の日の出には美しさや力強さは期待出来ないかもしれない。踏む足、上げる足が少し重く感じる。1秒前よりも風が冷たく感じる。空気がとてつもなく寒いと感じる。沈んだ気持ちが沼の底に体を引きずり込む様だ。精神はやはり肉体に大きな影響を及ぼすのだ。沈むな心。負けるな体。気持ちに熱を失えば肉体も熱を失い寒くなる一方だぞ。
結局、寒さに堪えきれずに私達は、登山道の途中でツェルトに包まって、陽が昇り切るのを待つことにした。
ツェルトを被るだけで、かなり暖かくなった。風を凌ぐだけで寒さが消えた。さっきまで、寒さに喘いでいたのに、ツェルトの中で私達二人はこの寒さを語り種にして、会話に花を咲かせている。やはり不思議だ、冷めた精神が肉体を錆び付かせるのと対比的に熱を得た肉体は心を癒し勇気付ける。
かなり外が明るくなってきている様だったので、登山再開。
星生山の山頂にて
分厚い雲の隙間から陽が顔をのぞかせている。今まで何度も日の出の光景に勇気付けられ、かけがえのない活力をもらってきた。それは陽が昇る姿が雄々しく力強いからだと思っていたので、この日の様に陽の光を隔てる分厚い雲の存在はそれを妨げるものだと思い込んでいた。しかし、雲の隙間を強引に押し退ける様に私の眼に届く陽の光に何か今までとは別の力を感じた。我を通す強さ、時にはそんな強引な姿勢も大切だと言う事なのだろうか。何か違う、陽の光は雲が分厚く光を阻むからと言って一層強く輝いたりはしない。太陽はそれ自身が強く輝く存在であり揺るぎ無いのだ。雲という外的で流動的な存在にその強さを変化させなどしない。
私も私で自分の強さを確立するために精進しよう。そう言う決意めいた考えを持たせる様な日の出でした。
かなり寒かったので程々に下山。
充実の山行。