こんにちは、YAMAORI管理人です。
この記事は前回の、『岳人のロマン。伊藤新道』の続きです。
伊藤新道の沢パートが終わり、いよいよ稜線に上がります。
二日目の朝
陽も上がらない内に、私たちは起床し、身支度を整え、食事をしてビバークポイントを後にした。いつもの事ながら、相棒よりも身支度の遅い私は相棒の怒りを買ってしまって、少し叱られた。仕方ない、私が全面的に悪いのだから。
尾根パートへ向かう為に、私たちはヘッドライトを付けて、道標に従って山の斜面を登り始めた。昨日までの沢パートはずっと水線上だったので高低差が少なく割とスイスイと歩けたが、今日は出だしからきつい登りだ。
両手両足を使って三点支持で登る急登に、それにしても、傾斜きっついなあ。とか、言うてもバリエーションルートだからこんなもんやろ。とか、思いながら、疑心暗鬼に崖のような斜面を重たいテント泊装備を背負った身でよじ登った。
途中厳しいマントルを返す場面があり、本当に? ルートミスってない? と思って、ヘッドライトの明かりを強くして辺りを照らすと、私がマントルを返して這い上がった場所が正規の登山道だったようで、私達はどうやら途中でルートを外れて、本当に崖を直登、よじ登っていたのであった。
ここでも、トップを行っていた私に相棒が怒った。仕方ない。重大な過失である。もう一人のメンバーとトップを変わって私が最後尾を歩く事にした。私の足取りは重かった。重大な過失を負った責が私の踝を後ろから引っ張っていた。
一度沢へ下る所があって、対岸へ渡り、再び登る。この辺りで夜明けを迎え、少し空が白んで来ていて、ヘッドライトの明かりを消しても目が効くくらいには明るかった。
明るいとは言っても薄暗く、ヘッドライトの明かりを消すとまだ足元の視界が覚束ないので、もう少しの間付けていようと何気ない会話を交わす。
尾根パートはひたすら急登を登るパートで、濡れて未だ乾ききっていないザックとテント泊装備が背中に重くのしかかり、少ししんどい。
皆同じ心境なのだろうか言葉数少なく、ペースも心なしか少し遅い気がする。いや、言葉数が少ないのは、これと言った眺望の良い所が無く、口にする感動が無いからだろうか。


完全に陽が登り、遠望が効いてくると、チラチラ顔を見せていた槍ヶ岳の姿を拝む事が出来た。美しい穂先からまるでシルクを被せた様に裾に広がる谷筋。
尖峰と深い谷筋、山の美しさが極まった様な光景であった。

その後もひたすら登って登って登って、ようやく、鷲羽岳の登山道へ合流した。

鷲羽岳の登山道との分岐で休憩している人たちと少し言葉を交わす。伊藤新道を上がってきたと言うと、皆が口々に、大変だったろう、と我々の労をねぎらう言葉をかけてくれたのが嬉しかった。

三股山荘と三俣蓮華岳





三股山荘へ到着。山荘の食堂で腹拵えをして、三俣蓮華岳へ登った。三俣山荘の食堂の窓から槍ヶ岳が良く見えた。



某小説の冒頭に出てくる、北アルプスの心臓部と言う言葉がとても印象深く、ぜひとも登りたい山だったから、登頂し、三股山荘と鷲羽岳とを一緒に眺めた時には何か言いしれぬ感動に身が震えた。
三俣蓮華岳を下り、三股山荘のテン場に早々に幕営する。
少し時間は早いが、明日の行程はここから高瀬ダムまで一気に下山する長丁場であったから、今日はここでゆっくり過ごす事にした。各々テントを張ったら、山荘に酒の調達へ。
昼時から岩の円卓を囲い宴会である。
結局夕方頃までダラダラと過ごして、夕陽に照らされた美しい鷲羽岳を三人で沈黙の中に眺め、今日はお開き、各々の寝床に潜り込んで眠る。
稜線のテン場は寒く、手先足先の冷えに少し眉を顰めたが、眠れない程では無いので、ぐっすりと快眠。
もう秋が直ぐそこまで来ている。
充実の山行だった。